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『むすひ』平成31年号~宮中祭祀と伊勢神宮~

投稿日:2018年11月15日(木)


今日11月15日は七五三祭です。隣の保育園の子どもたちもお参りに来たりして、平日ですが境内は朝から賑やかです!権禰宜の遠藤です。

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さて、神社本庁より発行されております『むすひ』平成31年号が発行されました。今回はこの冊子より、「宮中祭祀と伊勢神宮」の記事をご紹介致します。
『むすひ』神社本庁・神宮司庁編集、神社新報社発行の小冊子で年一回、各神社のご社頭にて頒布するべく発行されています。
当社でも、例年ご祈祷を受けられた方の記念品などに同封しております。

むすひ

【宮中祭祀と伊勢神宮】

年間で千五百にも及ぶ伊勢神宮のお祭り。その中に、皇居のお祭りと連動しているものがあることは、あまり知られていません。

例えば元日の歳旦祭(さいたんさい)、一月三日の元始祭(げんしさい)、五穀豊穣に関係のある二月の祈年祭(きねんさい)や十一月の新嘗祭(にいなめさい)、さらに神宮の重要なお祭り「三節祭(さんせつさい)」の一つである十月の神嘗祭(かんなめさい)などは、皇居でも執りおこなわれるお祭りです。また、天皇陛下からのお使いである「勅使(ちょくし)」が神宮に赴いて拝礼されるお祭りもあります。

では、なぜこのような関係があるのでしょうか。

それを繙(ひもと)くには、歴史をさかのぼる必要があります。

古来、天皇の御祖先である天照大御神は天皇と御殿を共にしておまつりされていました。しかし、そのことを第十代・崇神(すじん)天皇が畏れ、皇居外のふさわしい場所でおまつりすることを決意されます。はじめは皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)が大和国の笠縫邑(かさぬいのむら)でおまつりしていましたが、第十一代・垂仁(すいじん)天皇の御代に至り、豊鍬入姫命と交代された皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)が、永遠に神事が続けられる場所を新たに求め、辿り着いたのが伊勢国でした。わが国の歴史書『日本書紀』は、このとき天照大御神が伊勢を気に入られて留まりたいと告げられたことから、倭姫命が五十鈴川の川上に宮をお建てになったと伝えています。これが、現在の皇大神宮(内宮)です。

このような特別な事情で創建された伊勢神宮には古来、「私幣禁断(しへいきんだん)」といって、天皇以外は神宮への「奉幣」(ほうべい=捧げものを供えること)をしてはならないという決まりがありました。ただ一般の参拝までが禁止されていた訳ではなく、奉幣に遣わされた勅使のお供などが、都に戻って神宮のことを伝えたことから、神宮の存在が民衆にも広まったと考えられています。

また神宮には、皇女が「斎王(さいおう)」となって伊勢へと下り、おまつりをしていたという歴史があります。現在は、おまつりを担われる「祭主(さいしゅ)」として、黒田清子様(くろださやこさま=今上陛下第一皇女)が務められています。なお、二十年に一度、社殿や神宝などを改める「神宮式年遷宮(しきねんせんぐう)」の日取りも、天皇陛下がお決めになります。

御歴代の天皇陛下の祈りとは、作物が豊かに実り、人々が平和に暮らせるようにという国家安寧です。そして伊勢神宮だけでなく、全国神社でも土地や人々、日本や世界の平和が祈られています。「神まつり」には、神宮祭祀をはじめとする全国神社のお祭り、さらにはその要として宮中祭祀があるのです。


白旗神社ホームページへようこそ。当社は古くから藤沢の地に鎮座する古社で、相模國一之宮寒川神社で有名な寒川比古命と歴史上のヒーロー・源義経公をお祀りしています。寒川比古命は厄除け・方位除けの神様として知られます。また武芸、芸能、学問に優れ、才気あふれる源義経公は、学業成就、社運隆昌などのご神徳があります。境内には、悠久の歴史を感じる史跡が多く、四季を感じられる緑豊かな自然もあります。
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