投稿日:2022年11月29日(火)
今日は朝から風が強く吹いています。強いだけならいいのですが、風向きがコロコロ変わるので、まったく掃除になりませんでした…権禰宜の遠藤です。
さて、神社界唯一の業界紙であります『神社新報』令和4年7月4日号掲載のコラム「神宮だより~梨~」をご紹介致します。
少々古い記事で、季節外れの話題ではありますが、11月の今もときどきお供えに上がることがある梨の話題をお送り致します。
【神宮だより~梨~】
「七月から九月頃に旬を迎へる梨は、さまざまな種類が世界中で食べられてをり、神宮においてはお祭りの際に奉奠するための梨が神宮御園にて栽培されてゐます。この神宮の梨は盛り付ける土器の大きさが決められてゐるため、この大きさに合ふやうに日々、細心の注意が払はれてゐます。
梨は日本でも古い歴史を持つ果物で、弥生時代の遺跡からは炭化した梨の種が発見されてをり、それ以前の遺跡からは発見されてゐないことから、この時期に人の手によって、大陸からわが国に持ち込まれたと考へられてゐます。それ以来、日本で長らく栽培された梨は独自の発展を遂げ、和梨と呼ばれてゐます。他の国の梨とは異なったシャリシャリとした独得の食感を持ち、英語では洋梨のことを単にペアー(pear)と呼ぶのに対し、和梨のことをサンドペアー(sandpear・砂の梨)と呼ぶことがあることからも、その食感がいかに違ふのかが分かるのではないでせうか。
日本で見られる最初の文献としては、『日本書紀』にその名前が登場してをり、持統天皇七年(693)の記述に「詔、令天下、勧殖桑紵梨栗蕪菁等草木。以助五穀。」とあります。これは五穀だけでなく桑や蕪などとともに梨も栽培することを勧めてゐるもので、この頃にはすでに栽培可能な果物として注目されてゐることが分かります。
現在では甘く瑞々しい梨ですが、当初は固くざらざらとした食感の果物であったと考へられてゐます。古い時代から栽培されてきた梨は、江戸時代には盛んに栽培されるやうになり、さまざまな種類の梨が作られるやうになりました。今日までより甘美味しくなるやうに品種改良がされてきたやうです。」
(総務部・中桐陸)