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【神社新報コラム】刀剣は語る『神島の頭堆太刀』

投稿日:2021年5月19日(水)


先日放送された「世界ふしぎ発見!」で、「鬼」の特集が放送されてその中で北野天満宮の宝剣「鬼切丸」が紹介されていましたね。先日の当ブログで記事をご紹介したばかりなので感慨深かったです。この特集も刀剣がお好きな方には興味深い特集と思い、シリーズとしてご紹介しています。…権禰宜の遠藤です。

本日は、神社界唯一の業界紙であります『神社新報』掲載のコラム『刀剣は語る』よりシリーズでお送りしています「神島の頭堆太刀」をご紹介致します。

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刀剣は語る「神島の頭堆太刀」

なぜ、このやうな形をしてゐるのか。手で握る柄頭に卵のやうな塊をもつ頭椎大刀は、不思議な刀。「かぶつちのたち」「くぶつちのたち」と読みます。

六世紀後半から七世紀の古墳時代後期、大和朝廷から各地の豪族に下賜された飾大刀と考へられ、実用品ではなく、古墳から多く出土してゐます。この頭椎大刀が三重県鳥羽市神島の八代神社に神宝として二振伝はってゐました。伊勢湾口に浮かぶ周囲四キロほどの孤島に、この大刀が奉納されたのはなぜでせうか。

神島は三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台にもなりました。小説は、集落から二百段を超える階段の上に鎮座する八代神社から始まります。綿津見神をまつるこの神社への島の人々の信仰が物語の根橋にある作品です。

八代神社は島の人々だけでなく、古くから伊勢湾を航行する船乗りからも信仰を集めてきました。それは、銅鏡をはじめ古墳時代から明治時代にかけて伝はる宝物からも窺へます。それらは「伊勢神島祭祀遺物」として国の重要文化財指定を受けました。頭椎大刀二振りもそのなかのひとつです。

伊勢の神宮に仕へた皇女・斎王が暮らした斎宮跡にある斎宮歴史博物館で、その金銅装頭椎大刀を拝見しました。といっても刀身は朽ち、柄や金銅の飾りの部分のみ。しかし、柄頭の頭椎の塊はその存在意義を示すかのやうにしっかりと残ってゐました。

同館学芸員の天野秀昭さんは、「三重県内で現在確認されてゐる頭椎大刀は斎宮に近い多気郡明和町の坂本一 号墳の一振と神島の二振のみ」だといひます。そして、「神島には金銅製紡織具の神宝も納められてをり、古代、機織りの技術をもち多気郡において勢力を張った麻績氏などの関はりが着目されます。多気郡に斎宮が成立される歴史を紐解く鍵になるものを秘めてゐます」と指摘。実際、頭椎大刀が出土した坂本一号墳は麻績氏の長が埋葬されてゐるのではないかとする説もあります。

今も、多気郡に隣接する松阪市には神宮の所管社・機殿神社があり、春と秋の二回、絹と麻の反物が織られてゐます。使はれてゐる絹糸は、伊勢湾の対岸、三河(愛知県)の赤引き糸。古代も三河から糸が運ばれてゐたとすると、伊勢湾を船で行き来してゐたのでせう。すると、海の難所である伊勢湾口に浮かぶ神島に、貴重な大刀や紡織具などを奉納したととも十分に考へられます。金銅製紡織具は、神宮の御神宝や福岡県・宗像大社の沖ノ島にも伝はってゐます。ただ沖ノ島と異なるのは、神島には磐座などでの祭祀遺跡が見つかってゐないことです。

改めて、八代神社の頭椎大刀を見ました。青々とした海原が広がる伊勢湾口に浮かぶ孤島に伝はる特別な大刀。大いなる物語がそこには横たはってゐました。

八代神社

祭神=綿津見神、天照皇大神、須佐之男命

鎮座地=三重県鳥羽市神島町1

☎0599-38-2334

写真提供・三重県総合博物館」


白旗神社ホームページへようこそ。当社は古くから藤沢の地に鎮座する古社で、相模國一之宮寒川神社で有名な寒川比古命と歴史上のヒーロー・源義経公をお祀りしています。寒川比古命は厄除け・方位除けの神様として知られます。また武芸、芸能、学問に優れ、才気あふれる源義経公は、学業成就、社運隆昌などのご神徳があります。境内には、悠久の歴史を感じる史跡が多く、四季を感じられる緑豊かな自然もあります。
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