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伊勢神宮崇敬会 発行【みもすそ 第99号】 特集「清めの五十鈴川」①

投稿日:2021年8月18日(水)


【暦で見る九星の運勢シリーズ】三碧木星:9月(各自の九星についてはブログ末尾の表をご参照ください)「吉方 なし 時間がかかっても、丁寧に対応すれば、なんとか乗り切れますが、忙しいからといって色々省くと運気良い方向に進まず悔いを残す。問題が発生した時は、手間ひまかけて解決を」とのことです…権禰宜の遠藤です。

さて本日は、伊勢神宮崇敬会発行の『みもすそ』99号(令和3年夏)より、特集「清めの五十鈴川」を御紹介致します。

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みもすそ993

【特集「清めの五十鈴川」】

「剣峠麓に源を発し、内宮域内で島路川と重なり伊勢湾へと注ぐ五十鈴川。

御手洗場で参拝者を清め、烏帽子岩前で禊が行われ、河口の二見では神様の塩がつくられる。

倭姫命が御裳裾を注がれた清めの川を旅します。

 

宇治橋の大鳥居をくぐり、橋上から望む五十鈴川は、いつも清らかに流れています。大雨や台風で少し濁ることがあっても、すぐに澄みきって元通りに。

将来の御造営用材を目指す桧とともに、多様な木々を育む神宮林が上流域に広がり、雨をたくわえ浄化する力を発揮してくれているからです。

古代、天照大御神の御鎮座地を求め諸国を旅した倭姫命が、伊勢に至り大御神からお告げを得て社(神宮)を建てたのが、ここ五十鈴の川上です。『倭姫命世記』には、倭姫命が五十鈴川で御裳(みも)の裾を濯がれたとあり、そこから衣濯川(いすすぐかわ)と称され、御裳濯川とも雅称されます。

 

【神域で島路川と合流】

五十鈴川は、伊勢市と南伊勢町の境となる剣峠の麓に源を発し、島路山を水源とする島路川と内宮域内で合流して一本になります。神域を出ると宇治の町に沿って下り、神宮神田のある楠部町の下流で分流し、伊勢湾へと注ぎます。

剣峠越えは南伊勢とお伊勢さんを結ぶ最短路。広葉樹がうっそうと繁る森を、大岩を縫って清冽な水が下りますが、傾斜がゆるいので流れは思いのほか穏やかです。水田や民家が現れると高麗広(こうらいびろ)で、川の恩恵にあずかってきた人々の暮らしぶりが垣間見られます。

流れを斜めに横切る飛び石が見えたら、内宮はまもなく。瀬音に導かれるように宇治橋を渡って神域へ。五十鈴川は聖俗を隔てる結界でもあります。

玉砂利を踏み締め、火除橋を過ぎると、右手に手水舎が建ち、その先に五十鈴川に面した御手洗場(みたらし)があります。どちらも参拝の前に、水で手と口を清めるための場所。さっぱりと、すがすがしい気持ちで参道をお進みください。

御手洗場の近くに、五十鈴川を守護する瀧祭神が鎮まっています。皇大神宮の所管社で、社殿はなく、板垣に囲まれた石畳に祀られています。

伊勢では七月の土用丑の日と八朔(八月一日)に五十鈴川の水を汲んで瀧祭神に詣で、その水を家の神棚にお供えすると無病息災で過ごせるとの風習があります。暑い盛り、体調管理に気を配って緑陰の神宮へ詣で、いっぷくの清涼とともに、お水の力をいただいたのでしょう。

瀧祭神の上手にある風日祈宮(かぜひのみのみや)橋から眺めるのは支流の島路川です。橋の南端の擬宝珠には「太神宮風宮五十鈴川御橋 明應七年戌午本願観阿弥敬白」の銘があり、かつてはこちらが五十鈴川と呼ばれていたことがわかります。

次回に続きます。

R3厄年表


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