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【産経新聞記事】さよならニューテアトル

投稿日:2018年7月11日(水)


連日30度越えの中、外作業のお仕事の方には誠にお疲れ様です。熱中症にはくれぐれもお気を付け下さい…権禰宜の遠藤です。

さて、先日のブログでも読売新聞の記事をご紹介しましたが、『産経新聞』6月15日号神奈川版にも、当社『白旗まつり』期間中に野外映画の上映をして下さっている横浜ニューテアトルさん閉館の記事が詳しく掲載されておりましたのでご紹介致します。

尚、本年から長者町にあります横浜シネマリンさんが引き継いで下さることになりましたことを、合わせてご報告申し上げます。

横浜ニューテアトル 長谷川社長、長い間ありがとうございました!

産経新聞記事

【産経新聞 神奈川版】~さよならニューテアトル~

「長く親しまれてきた横浜・伊勢佐木町の老舗映画館「横浜ニューテアトル」(横浜市中区) が今月、約半世紀の歴史に幕を下ろした。同館を経営する長谷 川喜行社長(56)の体調不良などにより、閉館が決まった。昭和の薫りを漂わせる同館の最終日には、横浜と映画をこよな く愛する人たちで館内はあふれた。長谷川さんは「まだ実感が湧かない。きっと後々、寂しく なるだろう」としみじみと語った。

最終日となった1日は3作品が上映され、最終上映作品には「ヨコハマメリ ー」(平成8年公開、中村高寛監督)を選んだ。かつて伊勢佐木町周辺にいた全身白ずくめの娼婦「メリーさん」の生涯を追ったドキュメンタリー映画で、同館が全国で最初に封切りした。連日500人以上が訪れ、6週間で約1年分の売り上げを記録した、ゆかりの作品だ。

<名残惜しむ来館者>

「この日は午前9時半ごろにチケットの販売を開始 し、即完売した。上映後は約1時間、館内が開放された。約100人のファンが外観を撮影したり、座席に座ったりして、余韻に浸った。

同作品に出演した大久保文香さん(77)=中区=も最終日に訪れた一人。大久保さんは「若い頃は、よくイセブラをしていた。昭和の時代にあった映画館が次々となくなっていく。寂しいですね」と閉館を惜しんだ。

かつて映画館が林立していた伊勢佐木町周辺。明治初期から数多くの芝居小屋や劇場が立ち並んだ日本有数の娯楽スポットだった。

<かつては映画の街>

「横浜オデヲン座」「横浜ピカデリー劇場」「横浜東映会館」。時代とともに芝居小屋や劇場は映画館となり、伊勢佐木町周辺は日本を代表する映画の街へと変貌を遂げていった。

最盛期の昭和30年代には、横浜市内に約50館もの映画館があったという。だが、シネマコンプレックス (複合型映画館)の台頭などを理由に老舗映画館の閉館が相次ぎ、徐々に姿を消していった。

横浜ニューテアトルは、昭和30年に東京テアトル(東京都新宿区)の直営館「テアトル横浜」として開館。47年に長谷川さんの父親、重行さん(故人)が買い取り、現在の名前でリニューアルオープンした。以来、46年間、多くの横浜市民ら映画ファンに親しまれてきた。

<脳梗塞が契機>

長谷川さんは平成8年に引き継ぎ、全盛期には年約5万人が訪れた。しかし、レジャーの多様化で近年の客足は半分ほどにまで落ち込んだ。変わらず切り盛り してきたが、約7年前、長谷川さんが脳梗塞を患ったのをきっかけに、閉館を決断した。

約25年前から同館に勤める石本和美さん(44)=南区=は「これまでにも、いくつもの映画館がなくなっていった。昔ながらの映画館がなくなってしまうことには、物足りなさを感じる」

約4年前から同館に通う石井嘉之さん(63)=港北区=は「ここは自分の青春の思い出の一場面になっている。風景が変わったと しても、横浜ニューテアトルを忘れることはない」と語った。

「長谷川さんは「(最終日に)たくさんの人が来てく れて驚いた。皆さんの記憶に残してもらえればうれし い」と話した。」


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