投稿日:2018年8月15日(水)
終戦の日。尊い犠牲の上に今の日本があることを、決して忘れないようにしなければならないと思う宮司です。
【英霊の言乃葉(8)】靖國神社社務所発行の冊子より~
『靖國神社を守った神父』
自然の法に基づいて考えると、いかなる国家も、その国家のために死んだ人びとに対して、敬意をはらう権利と義務があるといえる。
それは戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない。
無名戦士の墓を想起すれば、以上のことは自然に理解出来るはずである。
もし、靖國神社を焼き払ったとすれば、其の行為は、米軍の歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残ることであろう。歴史はそのような行為を理解しないにちがいない。はっきりいって、靖國神社を焼却する事は、米軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。
~(中略)~
我々は、信仰の自由が完全に認められ神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰するものであろうと、国家のために死んだものは、すべて靖國神社にその霊をまつられるようにすることを、進言するものである。
≪解説≫
終戦後、日本に進駐した連合軍は、靖國神社の処理問題を取り上げた。同司令部内では「焼却すべし」という意見が大半を占めたが、マッカーサー総司令官は、最後の決断を下すに際し、キリスト教会の意見を聞くこととし、駐日ローマ法王代表バチカン公使代理のビッテル神父に対し、靖國神社処分に対する使節団の統一見解を文書にて回答されたい旨を要望した。その答申(要旨)が先の文章である。終戦直後のあの混乱時、靖國神社に対し深く正しい理解を示し、同神社を守っていただいたブルノー・ビッテル神父に対し感謝と尊敬の誠を捧げたい。(社報「靖國」昭和56年7月号掲載、財団法人水交会会長・木山正義氏の玉稿『靖國神社とブルノー・ビッテル神父』より要約抜粋)
【平成14年7月靖國神社社頭掲示】