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【神社新報記事】 「全国護國神社會連載 わが社の御祭神~勲功・遺徳を次世代へ~」】大分縣護國神社

投稿日:2025年3月19日(水)


【暦で見る九星の運勢シリーズ】四緑木星:令和7年4月(各自の九星についてはブログ末尾の表をご参照ください)「吉方…東・南東・西 運気のバランスが良くなく、不安定になりやすいから、焦らないように。何かにつけて慌ただしくなりますが、手抜きをせず、真心こめて親切丁寧に気配り・心配りを」とのことです…権禰宜の遠藤です。

さて、神社界唯一の業界紙であります『神社新報』令和7年1月13日号掲載の連載記事。「全国護國神社會連載 わが社の御祭神~勲功・遺徳を次世代へ~」をご紹介致します。

全国の護国神社の宮司さん方が連載する企画で、本年令和7年に大東亜戦争終戦より80年を迎えるにあたり神社新報に継続的に連載されます。

当社が鎮座する神奈川県は、47都道府県で唯一護國神社がありません。各県護國神社にお祀りされている英霊のことについて、当ブログをご覧の皆様に少しでも知っていただく意味でも、できる限りご紹介していきたいと存じます。

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【全国護國神社會連載 わが社の御祭神~勲功・遺徳を次世代へ~】

「最後の手紙 父の血判

大分縣護國神社宮司 八坂 秀史

「バシー海峡は台湾とフィリピンのルソン島との間に位置し、わが国の船舶が米軍潜水艦により数多く沈められ≪魔の海≫≪輸送船の墓場≫と恐れられた。大正五年八月十九日に出生された萱野常喜命も昭和十九年八月十九日、この海峡で戦死されてゐる。

命の所属した第百三十九野戦飛行場設営隊を乗せた大型輸送船玉津丸はその日未明、二発の魚雷によりわづか四分間で海中に没した。所属部隊百七十四人のうち生還者はわづか二人のみ。出征前、常喜命は叔母に、「今度は鱶の餌になるかもしれないので、無事には帰れない 後を頼む」と漏らしたといふ。

妻・よしゑさん宛ての最後の手紙には「たとへ小生が居なくても、喜代子だけはどうか、一人前の子供に育ててくれ 頼む」と認められ、血判が捺されてゐた。決死の覚悟を伝へる精一杯の表現だったのだらう。

門司港での別れの時、喜代子さんは生後六カ月。軍服の赤い襟章をみつめる自分を覗きこんで頭を撫で、幾度も振り返りつつ出征したといふ父の記憶はない。見送る家族、見送られる父・二十九歳。「その心情は今でも察するにあまりあり、父の匂ひも温もりも遺影から想ふだけ。誕生日と命日の月日が同じことは不思議ですね」と、喜代子さんはつぶやく。

常喜命の無事を祈る家族のもとに、戦死公報と戒名が書かれた板切れ一枚のみの遺骨箱が届いた。ただでさへ厳しい生活。よしゑさんは喜代子さんを背負ひ、近くの海岸から夫のもとへと覚悟したこともあったといふ。

「そんな時、父の血判が母を呼び覚まします。正気にかへった母は『お父さんがゐたら・・・・・・』と言ひつつも働き通して家族を養ってくれました。その姿は脳裏から消えません」と喜代子さん。「帰還兵の報道のたびにひょっこり還ってくるのではと儚い期待を抱きつつ、父の月命日である六月十九日、母は七十八年の生涯を閉ぢました。多分父には逢へたでせう」と微笑む。

月日は流れ平成二十三年、日本遺族会主催のバシー海峡洋上慰霊祭に喜代子さんは参列する。遺影を抱きしめ海面に手向けた菊花の香りと積年の恋しき思ひは命のもとに必ずや届いただらう。

この慰霊祭で知り合ったお二人により喜代子さんは慰霊の心をさらに深める。お一人は玉津丸から奇蹟的に生還した故・中嶋秀次氏。同氏は沈没から十二日後に救助され、戦後、海峡を望む台湾最南端の猫鼻頭に全私財と遺族の寄付のもと潮音寺を建立されてゐる。

中嶋氏に会った時、そのお姿が亡き父と重なり喜代子さんは目頭を熱くした。同氏の、御自身が生き残った意味を探し続ける旅を、今は喜代子さんが引き継ぐ。

もうお一人はノンフィクション作家の門田隆将氏だ。門田氏は中嶋氏の笩漂流中での壮絶なる体験をもとに『慟哭の海峡』を上梓し、「戦没者を肉体の死、忘れ去られる死と二度も死なせてはならない」と訴へた。「同じ頃、戦後七十年目にして初めて営まれたバシー海峡戦歿者慰霊祭に玉津丸縁故者が参列できたことも感慨深かった」と喜代子さんは振り返る。

中嶋氏の執念、門田氏の言葉を銘肝し、喜代子さんは目下「語り部」事業に取り組んでゐる。戦争には勝者の陰にも敗者の陰にも悲嘆にくれる家族がゐる。世界平和のためにできることは何か、一隅を照らす思ひで日々大分市遺族会事務局に勤しむ。「護國神社は父の御霊はじめ大分県の英霊鎮まる御社、これからも大切に護っていきたい」と語ってくれた。

改めて、当神社展望台から別府湾を望む。海のつながる遙か千六百キロ先、慟哭の海に頭を垂れた。

大分縣護國神社
住所 大分市牧一三七一
電話 〇九七-五五八-三〇九六
祭神 四万四千四百五十八柱
例祭 春(四月九日)、秋(十月九日)」

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白旗神社ホームページへようこそ。当社は古くから藤沢の地に鎮座する古社で、相模國一之宮寒川神社で有名な寒川比古命と歴史上のヒーロー・源義経公をお祀りしています。寒川比古命は厄除け・方位除けの神様として知られます。また武芸、芸能、学問に優れ、才気あふれる源義経公は、学業成就、社運隆昌などのご神徳があります。境内には、悠久の歴史を感じる史跡が多く、四季を感じられる緑豊かな自然もあります。
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