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【神社新報記事 「神宮だより 皇大神宮御造営奉曳図」】

投稿日:2026年6月6日(土)


お木曳行事参加のために神宮へ出張中の本山権禰宜・きたおか出仕は外宮へ向けてそろそろ出発でしょうか。先日の神社新報にお木曳行事に関する記事がありましたのでご紹介したいと思います……権禰宜の牧野です。

さて、神社界唯一の業界紙であります『神社新報』令和8年6月1日号掲載の連載記事「神宮だより 皇大神宮御造営奉曳図」をご紹介致します。

 

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「神宮だより 皇大神宮御造営奉曳図」

明治二十二年(一八八九)斎行の第五十六回神宮式年遷宮のお木曳行事を描いた絵巻物。紙本着色。横地晃重画。表題は「皇大神宮御造営奉曳図」とあるが、両宮のお木曳(川曳・陸曳)六図を収めている。

第五十六回の遷宮は、明治四年に神宮司庁が設置されてから初めて迎えた遷宮であり、内務省や三重県など関係機関と協議を重ねながら慎重に執り進められた。またお木曳行事も同様であった。

維新後、かつての神領や自治組織(宇治会合・三方会合)、師職制度等の廃止により、これまで受け継がれてきた地元住民らによる奉仕の先例は表向き踏襲されないかたちとなってゐた。しかし旧神領民の信心から三重県に請願書を提出し、明治十六年にお木曳は先例通りに執りおこなはれた。

記録によれば、江戸時代と同じく木曽の御杣山から搬出された御料木は木曽川から伊勢湾を曳航して大湊まで搬送された。ここで御料木は両宮に仕分され、内宮分は鹿海から五十鈴川を遡り、外宮分は宮川堤から陸路を奉曳して両宮域内へと搬入された。その数は、それぞれ五百本近くにのぼったといふ。

掲出の図は「豊受大神宮御木曳市街通過ノ図」といひ、山田一之木町、御薗村王中島、山田宮川町のお木曳の様子を描く。手に綱を持った大勢の住民らが御料木を載せた御木曳車を曳く活況が大胆な構図で描写されてゐる。

作者の横地晃重は、本姓は荒木田氏。通称は栄。父は長重。幼少の頃より磯部百鱗の門下であった父親から日本画の手解きを受け、第五十六回遷宮は父子ともに奉仕してゐる。父と同様に神明奉仕の傍ら画業に勤しんだ。

本絵巻は明治時代のお木曳行事を描き出した数少ない作品として貴重な資料である。

(神宮文庫・窪寺恭秀)


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