投稿日:2026年6月21日(日)
風呂の残り湯がもったいないと思い、お湯で洗濯できるようにバスポンプを購入しました。洗浄力が上がるだけでなく、一人しか入っていない浴槽から何度もお湯を送れるのでメリットだらけ!なぜもっと早く導入しなかったんだろうと後悔しました。権禰宜の宇多です。
さて、去る6月10日(水)、伊勢山皇大神宮にて「神宮式年遷宮研修会」が開催されました。
本研修は神奈川県神道青年会が主催で、私の所属する教養部が企画・運営いたしました。
講師は伊勢山皇大神宮 宮司 阿久津裕司様です。

神宮は、日本国民の総氏神です。令和15年の第63回神宮式年遷宮に向けて、神社の神職である我々はその機運を高める使命があるのです。この研修では「神宮の式年遷宮とは何か」を、阿久津先生が諸祭に参列された体験談や、現在まで残っている資料の紹介から学ぶことができました。
神職向けの講義、ということはかなり専門的な内容です。実際、神宮についての勉学が明るくない私は、難しいなと思う内容もありました。
それでは、講義の内容を踏まえて「神宮の式年遷宮とは何か」を、神職としての使命を果たす一環として、簡単に説明しますね。

式年遷宮の「式年」とは「決まった年数」のこと。「遷宮」とは、「新築のお宮(社殿)に、神様にお遷りいただく(お引越し)」ことです。
神宮では20年毎に行い、前回・第62回の式年遷宮は平成25年に行われました。今から13年前なので、現在20歳以上の方は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
式年遷宮には、大きな3つの目的(要素)があります。
一、宮を新たに造営する
一、御装束神宝(神様の衣服や調度品。国内の名工による技術の結晶)を奉納する
一、旧殿から新殿に、神様をお遷し申し上げる(御神体、神様のお引越し)
この3つの目的を無事に達成するために、昨年令和7年から諸祭・行事が進行しています。
約8年をかけて、盛大に行われる式年遷宮ですが、神宮の神職の一存で全てが始まり、全てが定まるわけではありません。
式年遷宮が開始するのは、天皇陛下の「御聴許(ごちょうきょ=おゆるし)」を賜ってからです。つまり、世相を見て却下なさる可能性も含まれているのです。神宮の御祭神は「天照大御神」。「皇祖神」つまり天皇陛下のご先祖様です。尚更、我々国民が勝手に進めていい事ではありませんよね。
次に、「御治定(ごじじょう)」を賜ります。御治定とは、諸祭の日時をお決めいただくこと、そして重要なのがここで「御杣山(みそまやま)」もお定めいただきます。御杣山とは、「御用材(ごようざい=新しい社殿に用いる木材)」を伐採する山のことです。今回は木曽谷国有林及び裏木曽国有林(長野県・岐阜県)となりました。

次に諸祭の話をしましょうか。天皇陛下より御聴許・御治定を賜った後は、最初の祭「山口祭」が行われました。
御用材を伐採するため山に入る前に、山の神様に安全を祈願する祭りです。御杣山・神路山・高倉山、それぞれの麓で行われます。
このほか、木を伐る直前の祭、新殿を建てる御敷地での祭、その御敷地で心御柱を建てるための祭・・・諸祭・行事を含めてその数は33にも上ります。
本山権禰宜・きたおか出仕が参向した「御木曳行事」もその一つ。
神領民(伊勢市民)が奉曳団を結成し、御用材を神域へと運び入れます。内宮は川曳(かわびき)・・・木そりに御用材を載せ五十鈴川を遡上、外宮は陸曳(おかびき)・・・奉曳車に御用材を載せ陸路にて運搬、という方法を用います。
あれ?地元住民じゃないのになぜ2人は神領民として参加したの?と思われるかもしれません。実は前回の第62回式年遷宮の御白石持行事から「特別神領民」として、市外の一般人も各行事に特例で参加できるようになったのです。(第60回、61回は市外の神社関係者は「一日神領民」という立場を与えられて参加できました。)
実際の体験記は、このブログ記事→その1、その2をご覧ください。

▽以下、講義の中で興味深いと思った内容を箇条書きします▽
・遷御・出御(午後8時)の際、天皇陛下は皇居内神嘉殿前庭にて神宮に遥拝なさる。
・延暦4~6年の第6回式年遷宮の際には盗人が神域に侵入し、各御殿等が消失。
延暦11年(西暦792年)、臨時の遷宮が行われる。
・旧正殿の棟持柱は、加工して宇治橋前後の鳥居として再利用される。
内宮の棟持柱は宇治橋の終点にある鳥居、外宮の棟持柱は宇治橋の始点にある鳥居である。更に20年経つと、それぞれ伊勢の入り口である七里の渡し(桑名市)の「伊勢国一の鳥居」として、また関宿にある東の追分(亀山市)の「一之鳥居」として、また20年間、再利用される。
・御杣始祭では、技師も神職のような装束を着けて奉仕する。
地元の工務店の職人が内宮の御用材の斧入れ、神宮職員が外宮の御用材の斧入れを担当するが、神宮職員の方がなぜか慣れており、工務店の職員より速い。
・明治天皇は、侍従長の「掘立柱ではなく、礎石を敷いてコンクリート固めにしませんか」という提案を却下し、その他にも古式に基づく様々な改革(回帰)を行った。
以上、浅学ではありますが「神宮の式年遷宮とは何か」を、とても簡略化して説明しました。
神宮の式年遷宮は天皇陛下の大御心をいただいた、国民奉賛です。我々神職は、必ず恙なく成功に導かなければなりません。
当ブログをご覧の皆様、「式年遷宮についてもっと知りたい!」「ここが分からない!」ということがございましたら、お近くの神社の神職にぜひ質問してみて下さい。私はまだまだ分からないことがいっぱいありますが、人に説明するのも勉強する手段の一つです。ぜひ皆さんも我々と共に、理解を深めていきましょう。
















