投稿日:2021年9月9日(木)
【神道百言15】
『神道は内清浄、外清浄の二あり、内清浄は心の斎(ものいみ)なり、・・・・・・外清浄とは行水をし、別火をし、精進家にゐて、潔斎することをいふ』~貞永式目抄~
(~略~ ここにいふ「清浄」とは「神の御心」を問題として、追及するに外ならない。この清浄を内と外との二方面に分けて追及していくことは、大体鎌倉時代以降のことである。
内清浄とは心(精神)の持ち方、外清浄とは形(身体)の持ち方のことである。それ故、ここでは内清浄とは心の潔斎(けっさい)、心を磨ぎすますことだとしてゐる。これに対し身体自体を清める外清浄の方法としては、身体に水を掛け、水を浴びてきれいにすることが一つ、或は家族と一つ部屋で生活をするのを避けて、部屋も別部屋、食事、喫煙も火も別に起した火ですることが一つ、この別の部屋で起居するのが「精進家にゐる」ことである。
このやうな方法で身体を清く保つことが外清浄だといふのである。されば、「内外清浄になりぬれば、神の心と我が心と隔てなし」といふ心境に到達するのが、神道の極意だとしてゐる。(大神宮参詣記)~略~ )
精神と身体の清浄を保つことは、上記からも分かる通り容易ではありません。おそらく、どこかの時代から楽な方へと流されてしまったのだと思います。私自身、厳しい修業や制限された生活を送ることは年間でも数日・・・厳しさも持ち合わせるように致します。宮司です。
さて去る5日(日)大安吉日に、藤沢市本町において住居新築の地鎮祭に伺いました。
(住所は本町(ほんちょう)と読みます。小田急線藤沢本町駅が「ほんまち」と読ませますがお間違えの無いように)
当日は午前中に兼務で宮司を務める2つの神社の例祭があり、午後にお伺いさせていただきました。というのも、施主様の義父様は当社に関係の深い方で、私が奉仕に伺いたかったことから無理を申しました。また、竹と注連縄の準備は、当社の宮頭が当日朝7時からの有志による境内清掃の後にご準備下さいました。
「鍬(くわ)入れの儀」では、最初に施主様とご子息が、続いて奥様。と、再登板のご子息が。次に再・再登板のご子息!!が元気に楽しく行われ、なんとも微笑ましい儀式となりました。(負けじと施工さんの鋤(すき)は大迫力の掛け声でした!)
工期はおよそ3ヶ月。年明けには完成予定とのこと。計画通りに事故無く工事が執り行われます事、祈念申し上げます。おめでとうございました!