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藤沢の民俗と年中行事~11月・12月

投稿日:2016年1月16日(土)


ここ数日、冬らしい冷え込みが続いています。やはり夏は暑く、冬は寒いものです。権禰宜の遠藤です。
パンフレット
【藤沢の民俗と年中行事】
「《十一月》
五日、きょうは酉の日で、酉の市といって長後に鷺神社の市が立つ。縁起物の熊手やダルマなどの店が出て近隣の人々でにぎわう。藤沢の辰巳町でも酉の市が立つ。きょうを一の酉、一七日・二九も酉の日で二の酉・三の酉といってやはり市が立つ。
七日、きょうは旧暦一〇月の初亥の日で、イノコボタモチといって新米でぼたもちをつくり、家の神様や仏様に供えて祝う。
一一日。稲刈りがすべて終了したのでカリアゲイワイをする。あずきめしを作り、御馳走を添えて神棚と荒神様に供える。鎌などの道具もきれいに洗って土間に置き供え物をする。
一五日、麦のマキアゲ。大麦・小麦共に種まきが終わったのでそばをつくり、マキアゲのボタモチを神様に供えて祝う。
きょうは七五三でもある。この歳の子のいる家では、仲人や親類を呼んで御馳走を出して祝った。赤飯をたき、神様に供え、氏神社へお参りに行く。お参りに行くのに重箱へ赤飯をつめていき、途中であった人に人箸ずつ食べてもらい一緒に祝ってもらった。
二〇日、エビス講。一月二〇日のハツエビスに対してシマイノエビスという。一月の時よりも供物を多くする。藤沢や寒川一の宮などの商店街ではとくに盛大に祝い、道行く人にみかんや甘酒を配った。ムラでは夜にエビス講でお日待ちをする。エビス講だからいくらでっかい話をしても良いといって大きなうそ話をして笑いあった。またエビス講が来るまで足袋をはいてはいけないといわれていた。
《十二月》
一日。一年最後の一日であるところからオサメノツイタチといい、ハナヨゴレ団子というあんこのついた団子をつくって食べる。これからは稲をこいだりして鼻を汚すからという意味だといわれる。
一二月に入ると干しておいた稲を脱穀機で脱穀した。昔はセンバでこいたことからこの脱穀作業をイネコキという。イネコキがすむとコキアゲといって、あずきめしを炊いて祝った。
脱穀した籾はモミスリといってカラウス(唐臼)で少しずつひいて行き、大体一二月いっぱいはかかった。
残った藁は縄や俵、それに飾り物などをつくるのに使うものを使い藁といってとっておき、他は牛の飼料にした。
霜が降りるようになるとムギフミを始める。
八日はヨウカゾウ。二月八日と同じである。
こうして一年が終り、またススハライの時期を迎える。」


白旗神社ホームページへようこそ。当社は古くから藤沢の地に鎮座する古社で、相模國一之宮寒川神社で有名な寒川比古命と歴史上のヒーロー・源義経公をお祀りしています。寒川比古命は厄除け・方位除けの神様として知られます。また武芸、芸能、学問に優れ、才気あふれる源義経公は、学業成就、社運隆昌などのご神徳があります。境内には、悠久の歴史を感じる史跡が多く、四季を感じられる緑豊かな自然もあります。
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