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【国民同胞】祖国とは国語だ②~顔が見えないマイナンバー制度~

投稿日:2017年10月22日(日)


超型台風21号の接近に伴い、臨時テントを一時撤去することに致しました。
従いまして、大変心苦しく存じますが、本日22日(日)七五三等でお越しの方の待機所(控室)がございません。(再設置は27日の予定)
このような天候でございますので、ご予約の変更など随時承っておりますのでご一報頂けますと幸甚に存じます。
事情ご賢察下さいまして、ご理解下さいますようお願い申し上げます…権禰宜の遠藤です。

さて、公益社団法人 国民文化研究会発行の『国民同胞』平成29年6月10日号より、「祖国とは国語だ」ど題して寄稿された文章を紹介致します。

少し長いので、何回かに分けて掲載致します。今回は第2回、「顔が見えないマイナンバー制度」です。

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「祖国とは国語だ」~平成の言語感覚に就いて~ 占部 賢志(中村学園大学教授)

顔が見えない 「マイナンバー」制度

言葉の表記についても気になる。 教育界のみならず、いづこでも「子ども」と交ぜ書きするのが主流である。「供」と表記すれば、「お供へ物」や「お供をする」のやうに、子を脇に追ひやってしまふ。だから仮名に開いた方がよい。さうした説が広がり、今や多くが無意識に「子ども」と書く。この俗説の出所は、マルクス主義の歴史学者 羽仁五郎の妻で社会運動家だった羽仁説子らしいが、これも明らかな誤りである。

文化庁国語課によれば、古代において「こ(子)」に複数を表す接尾 語「ども」がついたのが始まりだが、その後は単数や複数の別なく用ゐられ、江戸時代から当て字で「供」が 使はれるやうになったといふ。因みに、文科省では平成二十五年七月の 「文部科学白書」刊行を機に、長らく乱れてゐた表記を「子供」に統一してゐる。

かうした国語国字の乱れに対して、かつては福田恆存氏や吉田富三氏ら先達が正常化に傾注したが、さて今はどうか。一例が、その昔に国民を番号で呼ぶのかと批判されて 頓挫した国民総背番号論といふのが あったが、マイナンバー制度が登場すると殆ど反対もなく決った。名前なぞ一種の符丁だ、番号制にしてコンピュータ管理をすれば効率がよい。政治と行政の当事者はさういふ意識だったに違ひない。これも本質は言葉の問題である。

そもそも、日本人は名前を杜撰に扱ふなどしない民族だった。故村松剛氏によれば、古代においては女性はみだりに自分の名を明かさなかった。例へば、男から名前を聞かれて相手に明かしたら、求愛に応じたことになる。男から言へば名を尋ねる行為は愛情表現だった。万葉集巻頭の雄略天皇の有名な御製の句に「この丘に 菜摘ます子 家告らせ 名告らさね」とあるやうに娘の名を聞いてをられるが、これはまさに愛情の歌なのである。

折口信夫の研究によれば、実の名前を知ってゐたのは母親と夫ぐらゐだったらしい。「源氏物語」には数多くの女性が登場するが、本名として表記された名前はただの一つもない。すべて渾名のたぐひである。

それほどの重みを持つ名前を公然と番号で代替する例は今までの我が国の歴史にはない。


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