投稿日:2015年8月16日(日)
私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。(安倍内閣総理大臣70年談話より)
宮司です。

さて、お盆に続けました終戦企画も最終日、小野田寛郎さんの想いを掲載させていただきます。(資料提供 靖國神社 遊就館 松本展示課長)
沖縄特攻
海軍二、〇四五名、陸軍一、〇二二名 戦死
第七二振武隊荒木幸雄少尉(十七)以下
この写真は特攻出撃の二時間前に撮られた
義号作戦 義烈空挺隊
昭和二十年五月二十四日 沖縄北及び中飛行場に強行着陸
一時両飛行場を制圧 六十九名特攻戦死
出撃直前の奥山道郎隊長と諏訪部忠一機長指揮官
小野田寛郎さんの想い
「小泉首相が、若者たちは「心ならずも」戦争に行かされて、戦死したような言い方をしましたが、とんでもないことです。
既婚者は、家族を遺して死ぬことに心残りもあったかもしれないけれど、独身の若い者たちは、「自分が先頭に立って戦わねば」とみな思っていた。年寄りを前に立たせたって仕方ないのですから。これはどこの国だって同じでしょう。命がなくなることは覚悟していた。
(中略)
みな、若い人は覚悟を決めていました。
「心ならずも」なんていう気持ちで、特攻機に乗れますか?
だから、彼らは死んで私達に恩恵を与えてくれる神様なんです。
独身者は、親兄弟が死んだら、もうお祀りしてくれる人はいません。
でも靖国神社がある。
国のために戦死した人を国で祀ることは当たり前で、これは、日本だけのことではない。
どこの国だって当り前の感覚です。
日本人はそれさえわからなくなってしまったのか、と思います。」
(小野田寛郎、中條高徳共著 「だから日本人よ、靖国へ行こう」 WAC より)
















