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杜に想ふ しきたりを伝へる

投稿日:2014年3月3日(月)


 子供の頃、『屋内では帽子を脱げ。』と怒られましたが、最近はどうなんでしょう?宮司です。
杜に想ふ しきたりを伝へる 神﨑宣武
(神社新報 平成26年2月24日版)
 さて、神社界唯一の業界新聞『神社新報』より、気になる記事をご紹介させていただきます。
 何故神主は帽子をかぶったままなのか?についても書かれています。(本文は歴史的仮名遣いで書かれています。)
「杜に想ふ しきたりを伝へる 神﨑宣武」
京都に行った。時間があったので、三社寺に詣でた。人出も多かった。寒い日だったので、防寒着のままで拝する。それは許されよう。私もさうした。
問題は、帽子をかぶったままで拝する人が多かったことだ。若い人にかぎらない。年齢を重ねた人たちにもそれがみられた。昇殿してもそのままといふ人もゐた。これはいかがなものか、と思った。
しかし、口に出してとがめることはしなかった。いま、他人様に注意を促すことに、どれほどの勇気が要ることか。喧嘩を覚悟しなくてはならない。下手をすると、命がけにも。そこまでの勇気はさすがにないのである。
以前、同行者に注意したことがある。さすがに彼は素直に従ってくれたが、その後でいったものである。
「神主さんが烏帽子(えぼし)で、我々が脱帽といふのも変やな」
えっ、と驚き、とっさに反論ができなかった。彼の場合は、冗談めかした屁理窟ではあったが、真顔でその種の疑問を呈する人もゐるかもしれない。どう答へたらよいか、きちんと歴史的な根拠を知って語らなくてはならない、と思った。
ちなみに、烏帽子は、奈良時代以降、結髪の一般化につれて広く庶民もかぶったものである。その様子は、平安後期ではあるが、絵巻物でも容易に確かめることができる。家屋の内でかぶってゐる者も多いし、一般には乱雑なかぶり方も多い。
やがて、貴族の間では、階級や年齢によって形と塗り様に差異が生じるやうになった。いはゆる衣冠束帯の法が定まってくるのである。それが武家社会にも受け継がれることになり、庶民とは一線を劃(かく)することになった。
もちろん、だからといって、昔返りして屋内で帽子をかぶることを許すというふことにはならない。せめて、ふだん着古した帽子ではなく室内用のものを、と要求するわけにもいかない。それぞれの「自由」、といはれれば抗する言葉に窮するのである。
あげくは、テレビ番組。十分な考証をしないままでタレントの参拝風景を放映する。そこでの珍作法がそも伝統的な作法として一般に伝はることにもなるのである。
たとへば、手水の作法。左手を洗ひ、右手を洗ひ、左手の窪に水を溜めて口をすすぐ。これまであたりまへのこととして伝へてきた作法が変はってきてゐるのだ。杓(ひしゃく)に直接口をつけてすすぐか、その水を飲む人が増えてきてゐるのである。これも若者にかぎらず、年輩者の間にも伝染しつつある。
勝手解釈がまかり通る時代。伝統的なしきたりを伝へるにはむつかしい時代になったものである。
さて、どうするか。それぞれが、それぞれの立場でその意義や意味を説くしかないが、はても我慢と根気の要ることなのである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)


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