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【神社新報記事】慰霊捧げ、復興祈る「光舞」未来へと

投稿日:2024年3月21日(木)


本日は気持ちのいい晴天!神社の隣にある御殿辺公園では朝から春休み中の子供たちが元気に遊んでいて元気を貰えた気がしました…権禰宜の牧野 です。

本日は、神社界唯一の業界紙であります『神社新報』令和6年3月18 日号掲載の、慰霊と災害復興を祈る舞「光舞」に関する記事をご紹介致します。

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慰霊捧げ、復興祈る 「光舞」を未来へと

神道青年全国協議会(大鳥居良人会長)では、慰霊の誠を捧げるとともに災害からの復興を祈る「光舞」(ひかりのまひ)を昨年完成させ、その普及に努めてゐる。多くの災害で支援活動を積極的におこなひ、団結力の強さをみせ続けてきた神青協会員らが、被災地における「慰霊と復興」を胸に作り上げた舞。今回は、東日本大震災から十三年、初の「光舞」奉奏から一年を機に、「光舞」について改めて辿っていきたい。

縁の御製・御歌  舞の中心に据ゑ

きっかけは、平成二十八年の神青協第六十八回定例総会。福島県神道青年会より、単位会提出議案として自然災害で犠牲となった人々への新たな慰霊の舞の作曲・作舞について動議があり、作曲・作舞に向けた取組みを推進することが決議された。

新しい舞を模索するなか、思ひ起こされたのは「皇室の祈り」。 平成の御代、上皇・上皇后両陛下は被災地にいち早く行幸啓になるとともに、被災者に御心を寄せ続けられてきた。さうしたお姿を、舞を通して伝へることができたらと、両陛下が「平成」に詠まれた御製・御歌をもとにして作曲・作舞することとなる。令和元年、上皇・上皇后両陛下の御製・御歌を周年委員を会でくまなく調べ、今回の趣旨に適したもののなかから役員会で話し合ひ、宮内庁にも相談して二首が決定した。

かうして舞のもととなったのは、

御製「大いなるまがのい たみに耐へて生くる人の 言葉に心打たるる」(平成二十三年)

御歌「今ひとたび立ちあがりゆく村むらよ失せたるものの面影の上に」(平成二十四年)

御製は、陛下が被災者お見舞ひのため、被災地や各地に設けられた避難所を御訪問になられて、御歌は、地震と津波により失はれた人命・家・周囲の自然等、そのすべてを面影として心に抱きつつ、今一度復興に向け立ち上がろうとしてゐる北国の人々に思ひを寄せてお詠みになられたものだ。

小野雅楽会では 何度も検討して

作曲・作舞は小野雅楽会(小野貴嗣会長)に依頼。神青協の意気込みと情熱に心を打たれた小野会長が快諾して、作曲・作舞が開始された。御製・御歌を歌詞にした舞といふ重責を担ひ、小野雅楽会では何度も何度も検討を重ねてつくり上げ、令和五年に入り、やうやく「光舞」が誕生。小野会長は、旋律について「どこか懐かしく、穏やかにして心安らぐもの」であり、また舞振りは「人々が次第に集まり支へ合ひ、一体感と活力を得て復興への歩みを進める情景を思ひ描いて表現した」と想ひを語ってゐる。

初の「光舞」奉納 普及の取組みも

令和五年三月十一日には宮城県で東北六県神道青年協議会主催の東日本大震災物故者慰霊祭が斎行となる。残り二カ月を切ってゐたが、奉奏に間に合ふやう東北神青の会員らは懸命に練習を重ねた。そして迎へた当日、近隣住民の避難場所として多くの命が救はれた場所である石巻市の鹿島御児県石巻市にある神社境内に設けられた祭場で、〝明日を照らす、希望の舞”として「光舞」美しく花開いた。この事業を進めるにあたり中心となって活動してゐた当時の神青協事業委員長・白石憲一氏は、初の奉奏について「舞人たちの眼差しは今も忘れられない」と述懐。「さまざまな思ひを抱いた東北の神職が舞はれたといふことがとても意味深いと思ふ。準備期間が短いなか、 また社務多忙のなかで、「 初となる舞をあれほどみごとに舞っていただいた舞人には感謝の念に堪へない」と語ってゐる。

関係者の熱心な取組みは、仙洞御所にも届くことに。昨年十二月二十三日発表の「上皇陛下のご近況について(お誕生日に際し)」では、上皇職が「東日本大震災との関連で付言すれば、陛下が被災者をお見舞いになって詠まれた御製『大いなるまがのいたみに耐へて生くる人の言葉に心打たるる』、上皇后さまが復興に立ち向かう被災者を思われた御歌『今ひとたび立ちあがりゆく村むらよ失せたるものの面影の上 に』を歌詞とする祭祀舞が創作され、今年、宮城  神社の東日本大震災物故者慰霊祭で奉奏されたとの知らせを受けました」と述べてゐる。

さらに神青協では広く「光舞」を普及すべく、昨年十一月二十九・三十の両日には講習会も実施。
小野雅楽会から小野会長と小野亮貴氏を講師として招聘し、約五十人が稽古に励んだ。講習では初日に榊の持ち方や基本的な腕の動かし方をはじめ、通しの一人舞を習得できるやう稽古を実施。二日目は、四人組で練習し、終盤には入退場の足運びや唱歌の練習もあった。舞が初めてといふ受講者は、苦労したことなど振り返りつつ、舞を通じ「御心を感じた」と述懐。舞の経験がある受講者は、「ほかの舞にない新しい動きがあり、新鮮」と話し、「慰霊祭や復興祈願祭で奉仕する機会があれば謹んで奉仕したい」と意慾をみせてゐた。

慰霊・復興の舞 神前での奉奏を

現在、祭祀舞は神社本庁制定の「豊栄舞」(女舞)と「朝日舞」(男舞)の二曲。これ以外に近代以降で神前やそれに準ずる場所で舞はれる主なものは、奉祝舞の「浦安の舞」「悠久の舞」「紅わらべ」「桃李霞」、また明治天皇御製をもとにした「八乙女の舞」、昭憲皇太后御歌をもとにした「呉竹の舞」「寿の舞」
慰霊舞の「玉垣の舞」「みたま慰の舞」「靖國の舞」などがある。「玉垣の舞」「みたま慰の舞」「靖國の舞」は靖國神社・護国神社での英霊祭祀の舞。「光舞」は、天災物故者への慰霊の誠だけでなく、御製・御歌から拝されるやうに、復興を思ひ願ひ、そして希望の光をも照らす新しい部類の舞〟ともいへるだらう。
神青協ではウェブサイトの会員向けページに動画や資料を掲載。また各都道府県の単位会や神社庁にも今年三月にDVDやCDを送付した。 編輯は小野雅楽会が担当してをり、小野会長は「かうした教材を参考に、若手の神職たちが熱心に稽古に励み、光舞だけでなく、雅楽や舞の世界にもっと積極的に関はってくれたら嬉しい」と期待を寄せる。
大鳥居会長は、今後について「全国各地で光舞の研修を勧奨していきたい」と意気込む。そして「この舞を伝へていくことは、慰霊と復興を祈るといふことだけでなく、上皇・上皇后両陛下が被災された方々や被災地へと寄せられる御心を伝へるといふことでもあり、覚悟と責任を持って取り組んでいきたい」と決意を語った。

 

 

 

 


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