投稿日:2025年9月9日(火)
【暦で見る九星の運勢シリーズ】一白水星:令和7年10月(各自の九星についてはブログ末尾の表をご参照ください)「吉方…南 あれこれ迷って、フラフラすると、取り返しのつかないことになる。今は何か良い目標を定めて前進を。場当たり、思い付きは危ないからよく考えて歩んで。何事も念入りに。」とのことです…権禰宜の遠藤です。
さて、本日は神社界唯一の業界紙であります、『神社新報』令和7年5月26日号掲載のコラム【刀剣は語る~その伍拾捌~】をご紹介致します。


二荒山の来国俊
「なかなか書くことができなかった刀工がゐます。東京国立博物館・徳川美術館・熱田神宮などで刀を拝見したものの、手が出ませんでした。けれど、栃木県奥日光の二荒山神社中宮祠で書く腹が決まりました。
その刀工とは、鎌倉時代後期、山城国(京都)で活躍した来国俊です。来派は、粟田口派よりやや遅れて、鎌倉時代から山城国で活動した国行を祖とする渡来系の集団。国俊は、その来派を代表する刀工の一人です。
来国俊は今なほ決着のつかない問題が残されてゐます。「国俊」と二字銘を刻む「二字国俊」と「来国俊」を別人物とする説があるのです。
太刀の姿が大きく異なる点から別人説が説かれる一方、それは長命であったため年代による作風の変化とする捉へ方もあり……来国俊は一人かそれとも別人がゐるのか、謎めいた人物像に戸惑ってゐました。
天応二年(七八二)、勝道上人一行が山頂にて二荒山大神を拝してお祀りしたのが始まりとされる二荒山神社。霊峰・二荒山(男体山)の麓に鎮まる同神社中宮祠は、山頂の奥宮と、日光市内の本社の中間にあたるため、この名で呼ばれます。
男体山登拝口に続く境内。社殿の傍らに建つ宝物館には、神社が所有する刀剣が並びます。なかでも総長三メートル超えの祢々切丸などの大太刀が見ものですが、それに負けない小さな太刀に目が釘付けになりました。
国宝・来国俊です。太刀の国宝として最も小さいとされる小太刀は、刃長五十四・三センチほど。一メートルを超える大太刀の中ではひときは小さく見えます。けれど、小太刀の美しさは、大太刀の迫力に負けてゐません。
無色のやうな刀身の肌にすっと入った直刃。その完璧な技術に圧倒されました。この小太刀がいつ奉納されたのかわかりませんが、革帯で巻いた蛭巻に黒漆を塗った古雅漂ふ拵には、寄進者の金子玄忠の名が記されてゐるといひます。
ちなみに来国俊の最も大きい太刀は、「蛍丸」です。総長約百三十六センチの「蛍丸」には名の由来となる、こんな逸話があります。南北朝時代、南朝方の武将・阿蘇惟澄が戦で使用すると、さしもの名刀も刃こぼれしてしまひました。その夜、惟澄は「数百の蛍が飛んできてこの太刀の刃先に止まった」といふ夢を見るのですが、朝起きると刃こぼれの跡はまったくなくなったといふものです。
蛍丸は消失したままですが、樋には不動明王を象徴する護摩箸の印が彫られることから、国俊は修験者ともいはれてゐることを知りました。小太刀に漂ふ緊張感に、あるいは修験者かもしれない来国俊の像が、にはかに結ばれたやうに感じました。
二荒山神社
祭神=二荒山大神(大己貴命・田心姫命·味耜高彦根命)
鎮座地=栃木県日光市山内2307
☎=0288-54-0535
宝物館
住所=栃木県日光市中宮祠2484
☎=0288-55-0017
拝観時間=<4月〜10月>午前8時30分〜午後4時30分、<11月〜3月>午前9時30分〜午後3時30分(入館は閉館の30分前まで)
休館日=火曜・水曜(休館日が祝日の場合、翌日が休館)」

















