投稿日:2026年2月9日(月)
昨日の雪から一夜明け今日は晴天です。境内は凍結もなく通常通りお参りできますが、一部濡れて滑りやすい箇所や枝から落雪の恐れがある場所もありますのでご注意ください……権禰宜の牧野です。


さて、本日は神社界唯一の業界紙であります、『神社新報』令和7年12月1日号掲載のコラム【刀剣は語る~その陸拾伍肆~慶応四年の御奉納刀】をご紹介致します。


慶応四年の御奉納刀
「江戸から明治へ、日本の大きな転換期。慶応四年(一八六八)六月、明治天皇は伊勢神宮に勅使を遣はされ、御太刀を御奉納なされました。伊勢の神宮徴古館で開催中の特別展「最後の公卿勅使」では、その貴重な奉納御太刀を十八年ぶりにすべて公開してゐます。
会場にずらりと並ぶ奉納太刀、その数に驚きました。内宮に十振、外宮に七振、合せて十七振もの御太刀が一度に奉納されてゐたのです。天皇がこれほどの数に上る太刀を奉納することは異例といひます。
歴代の天皇が伊勢神宮に奉納してきた刀剣には、式年遷宮に際して新調される「遷宮神宝」の御太刀のほかに、「幣物」として奉られた御太刀があります。「幣物」は、天皇が国家や宮中の瑞祥あるいは危機の時、神宮に不測の事態が生じた場合に、臨時に勅使を遣はされ奉幣がおこなはれた際の神宝として調進されるもの。文献の記録として残る四年の奉納刀は、すべてが現存するという稀有な例です。
慶応の奉納刀には、共通点があります。茎に切られた銘には、数本を除いて慶応四年二月日の年紀があること、長さが二尺三寸七分(七十二センチ)前後に統一されてゐることです。
「おそらく太刀の調製は慶応四年の早くて三月下旬、遅くても四月下旬に刀工たちが受命して五月上旬には納めた。極めて短い期間におこなはれた」と担当者。刻々と情勢の変はる京の都で、刀工たちは天皇より受注された急な太刀の調製を「誉れ」として、それこそ昼に夜に鍛へたことでせう。
その刀工の一人、廣光は最も多い五振を作刀してゐます。廣光は、京都で会津藩お抱への名工、十一代・和泉守兼定から手ほどきを受けた数少ない弟子で、慶応年間には大隅守を受領してゐます。「慶応四戊辰年二月日」と年紀が切られた太刀は、直刃(すぐは)の刃文がすっと入り、端正な印象を受けました。
なぜ明治天皇はこの時期、勅使を伊勢神宮に遣はされたのでせうか。その思ひは天照大御神に奏上した宣命に記されてゐました。王政復古の大号令が出された後も続く戦乱が、天照大御神の御神威によって鎮まり、万民が安心して暮らせるやうにといふ御祈願。父帝の急な崩御から慶応三年一月に践祚された翌年のことでした。
明治天皇の御祈願がこめられた奉納御太刀は、静かに清らかな光を放ってゐました。
※特別展「最後の公卿勅使 ―明治天皇御奉納の御太刀公開―」は十二月十七日まで
神宮(皇大神宮)
祭神=天照大御神
鎮座地=三重県伊勢市宇治館町1
☎=0596-24-1111(神宮司庁)
神宮徴古館・農業館
所在地=三重県伊勢市神田久志本町1754-1
☎=0596-22-1700
拝観時間=午前9時〜午後4時30分(入館は4時まで)」
















