投稿日:2026年1月29日(木)
昨日、数年前まで勤務していた介護施設の職員の方が、神宮大麻を授けにみえて驚きの再会でした……権禰宜の本山です。
さて、今年令和8年の初午(2月最初の午の日)は1日(日)です。これに先立ち、去る1月25日(日)午前10時頃より、境内西側にあります森脇町内会の守り神様 森脇稲荷神社の初午祭に当社宮司がご奉仕致しました。



森脇町内会は神社に隣接する西側・北側の範囲で約260世帯があり、町内会の子供神輿は当社の先代宮司が手作りしたほど身近な町内会です。大変寒い日でしたが、朝早くから準備をされた町内の方6~7人程が参列され、町内皆様の安泰繁栄が祈念されました。
今から10年前の平成28年のブログによると、平成28年のこの祭典終了後に宮司が比較的古くから森脇町にお住いで当時の総代の酒井さんや古美根菓子舗の店主さん、町内会長さんに伺ったお話しが記されていたので紹介します。
『森脇のお稲荷さんは、昔みそのの坂の上にあった。国体やらオリンピックやらの道路の拡張で4回目の移動で現在地にある。』
『その昔、森脇には5軒しか家がなかった。食べる物も無い時代、東仲之町の廣瀬さんという方が(現在、東仲之町総代の廣瀬さんのご先祖様)食べ物を分けてくれたり、色々よくしてくれて徐々に住む人が増えてきた。その御礼も込めて、現在地に鎮座する際、鵠沼から綺麗な砂を2袋持って来て、穴を掘って砂を敷き、廣瀬さんの髪の毛と爪を壺に入れて埋葬、その上にお社を建てた。』
『このお社は、町内にお住まいで大工のタカハタさんが造ってくれた。現在はお住まいではない。』
『今の行灯(あんどん)は絵しか書いていないが、私が子供の頃は「武運長久」だとか、神様への願い事を書いた。』
『道路が拡張された頃まで、ここには立派な石垣があった。』
とのことです。こうした話を継いでいかねばなりませんね。
いずれに致しましても、昔から祀られている神様ですから、子々孫々に至るまで大切にお祀りされまして、皆々様が愈々ご繁栄されますように祈念申し上げます。
















