投稿日:2020年2月23日(日)
今日は天長節。今上陛下が御即位されてから初めての「天皇誕生日」です。このような事柄にこそ「令和最初の」と使われるべきだと思います。祝祭日には国旗を掲げてお祝いしましょう!権禰宜の遠藤です。

さて、神社界唯一の業界紙である『神社新報』令和元年10月28日号掲載のコラム「神宮だより」を御紹介致します。


【神宮だより~太田小三郎君紀功碑~】
「内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中ほど、大鳥居のそばに「太田小三郎君紀功碑」が建ってゐます。
太田小三郎は伊勢のまちの近代化に尽力した人物で、弘化3年(1846)、豊前国英彦山の鷹羽寿一郎の三男として生まれました。鷹羽家は代々豊前英彦山の執当職を担った家柄。幼少期より父、兄の影響を受け勤王の思想を学びました。明治5年(1872)初めて神宮に参拝し、縁あって古市の妓楼「備前屋」を営む太田家の養子に迎へられることとなり、その立て直しに奔走しました。
備前屋の経営が安定してきた頃、予てからの計画であった神宮の神苑整備に取り掛かります。明治19年(1886)に有栖川宮熾仁親王を総裁に仰ぎ、「神苑会」を創立。民地を買収し、すべての家屋を撤去して宇治橋から火除橋までを「神苑」としました。現在、内宮の宇治橋を渡った先に広がる清らかな光景は小三郎らの功績によるものです。さらには倉田山の神宮徴古館・神宮農業館の建設にも尽力してゐます。
また、実業家としての活躍も顕著で、明治23年(1890)には参宮鉄道を創立して、現在のJR参宮線の基礎をつくりました。さらに山田銀行開業、宮川電気株式会社を創立するなど金融や電力事業の振興にも寄与しました。
大正5年(1916)9月5日、72歳でその生涯を終へましたが、その功績をたたへ昭和9年(1934)に紀功碑が建てられてゐます。
今般、伊勢市教育委員会協力のもと、説明看板やベンチの設置等、との紀功碑周辺の整備をおこなひました。これを機会にぜひお立ち寄りいただき、伊勢の偉人の事績を辿ってみては如何でせうか。」
















