投稿日:2015年9月18日(金)
安保法案可決。国民の生命と財産をどのように護るのか、私には知り得ない事が沢山。宮司です。
さて、神社界唯一の業界紙であります『神社新報』平成27年9月14日号に、良いお話が掲載されていましたのでご紹介致します。

【~人~ 「祭りにかつての賑はひを」祭礼の復興に四十年以上】
「この春に敬神功労章を受章した山下博氏(67)は、四十年以上に亙って香川・石清尾八幡神社の祭礼復興に尽力してきた。
高度経済成長期で伝統的なものに目が向かなくなってゐた昭和40年代、同神社の祭礼は活気を失ひつつあった。神社の鳥居の傍で理容店を営む山下氏は、その状況に危機感を覚え、「かつての賑はいを取り戻したい」と一念発起。まづは大東亜戦争により長らく失はれてゐた、秋祭りの祭礼用具の復活から取り掛かった。
しかし、古い習はしを重視する長老からの反対などもあり、活動は遅々として進まない。復興を推進するため、賛同者十人ほどで「八幡神交会」を結成した頃には十年が経過してゐた。しかし陰ながら見守ってくれてゐた人たちも少なからずゐた。秋祭りが目前に迫ってゐた同会結成時、何をするか悩んでゐたところに協力の申し出が舞ひ込む。酒屋の店主が酒樽を提供してくれ、それを材料に地元の大工が樽神輿を制作してくれることになった。設へた揃ひの紫の法被で臨んだ同会のお披露目。子供たちの樽神輿は大盛況だったといふ。
翌年から神輿新調のために始めた募金活動では、祭礼に出す船型の山車まで新調することが出来た。さらに祭礼の担ひ手を育成するため「祭りクラブ」を設立し、子供たちに芸能を教へる場を作ると、活動の場も広がっていった。
やがて総代となり、七年が経過。「今思ふと、長老たちの反対は叱咤激励だったのでは…」年齢を重ね、さう思ふことがあるといふ。今や同神社の祭りは、さまざまな催しとともに盛大な賑はひとなった。秋祭りの神輿渡御では、三千人を超える人々が携はる。また、すでに社会人となった祭りクラブの一期生は、指導者として活躍するやうになり、自身の息子たちも祭りに関はるようになった。
山下氏には、忘れられない思ひ出がある。それは初めて募金活動を実施した時のこと。法被姿で地域を廻ってゐたところ、後ろからお婆さんが走ってきた。曰く、買ひ物途中に法被が見えたので追ひかけたとのこと。「私の夫は生前、山下さんの活動を何とかしてやりたいと言ってゐた。今の私は年金暮らしだから、これが精一杯」。さう言って、広げさせた山下氏の両の掌に「鏡台から持ってきた全財産」といふ小銭を握らせてくれた。
小銭もお婆さんの手も汗で濡れてゐた。お婆さんが、そこまでしてくれた―ー。
「金額ではない。気持ちだ」、さう感じた山下氏、若い会員には必ずこの話をするさうだ。そして、現在まで受け継がれる、会員同士の”合言葉”になってゐると語る。」
















