ホーム » ブログ » 白旗神社 » 神話 八岐大蛇(やまたのおろち)

神話 八岐大蛇(やまたのおろち)

投稿日:2013年3月14日(木)


この前、カラスに追いかけられました。私にあるのは肉では無く、脂肪なのに・・・権禰宜の平野です。

八岐大蛇の絵本
さて、昨日の夜、テレビで映画の「陰陽師」がやっていましたが、その中にも「八岐大蛇」の話がでてきました。そこで今日は八岐大蛇について書きます。

高天原(たかまのはら)にて散々、悪さをした須戔鳴尊(すさのおのみこと)は天照大御神に高天原へ追放され、出雲の国(島根県)にやってきました。須戔鳴尊が上流へ向かうと、一人の娘を囲んで泣いている老夫婦を発見しました。傍らにいた小さな娘は後の須戔鳴尊のお嫁さんになる奇稲田姫(くしいなだひめ)でした。
須戔鳴尊が、泣いている理由を尋ねると、「私たちには、8人の娘がいたのですが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)がやってきては、毎年娘たちを一人ずつ食べていったのです。そして今年もまたヤマタノオロチがやってくる時期がきたので、最後の娘である奇稲田姫をも食い殺されてしまうかと思うと悲しくて、涙が止まらない」とのことだったのです。須戔鳴尊がその八岐大蛇について尋ねると、2人は続けてこう答えました。「一つの胴体に8つの頭、8つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤であり、体にはコケやヒノキ、スギが生え、8つの谷と8つの丘にまたがるほど巨大で、その腹は、いつも血でただれている」
その恐ろしい風貌に須戔鳴尊はしばらく考え、「あなた達の娘・奇稲田姫をわしにくれるなら、八岐大蛇を退治してやろう。お前たちは今からわしの言う通りにするのだ。そうすれば、化け物は必ず退治できる」と言いました。
須戔鳴尊は、退治の準備の前に、まず嫁になった奇稲田姫の身を守るために、彼女を爪櫛の姿に変え、髪にさし、そして老夫婦に、「8回も繰り返して醸造した強い酒を造り、また、垣根を作り、その垣根に8つの門を作り、門ごとに8つの棚を置き、その棚ごとに酒を置いておくように」と指示をしました。二人は言われたとおりに準備し、八岐大蛇がやってくるのを待ちと、そこにすさまじい地響きを立てながら八岐大蛇がやってきました。そして、8つの門にそれぞれの頭を入れて、ガブガブと辺り一帯に響き渡る豪快な音をたてながら、酒を飲み始めました。すると、酔っ払ってしまったのか、八岐大蛇はグウグウとすさまじいイビキをかきながら眠り始めました。その時です。須戔鳴尊は刀を振りかざし、八岐大蛇に切りかかり、体を切り刻み始めたのです。
刀がオヤマタのオロチの尻尾に差しかかった時、何かが刃先に当たり、中を裂いてみると、なんと剣が出てきました。この剣は、三種の神器の1つ、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ 後の草薙の剣)で、不思議に思った須戔鳴尊は、姉にこの剣を献上したと伝えられています。
ヤマタノオロチを無事退治し、この出雲の地が気に入った須戔鳴尊は、ここに奇稲田姫と住むための宮殿を造ることにしました。この宮殿を作る最中、雲が立ち上がった様子を見て、須戔鳴尊は歌を詠みました。「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(ご)みに 八重垣作る その八重垣を」。これは、日本で初めて詠まれた和歌として神話に残されているのです。
その後、須戔鳴尊と奇稲田姫の間には多くの子孫が誕生しました。そのうちの1人が因幡の白ウサギで有名な「大国主尊」と言われています。
今年も神社検定が6月に開催されます。受験者される方もそうでない方も、神話を学んでみてはいかがでしょうか。


白旗神社ホームページへようこそ。当社は古くから藤沢の地に鎮座する古社で、相模國一之宮寒川神社で有名な寒川比古命と歴史上のヒーロー・源義経公をお祀りしています。寒川比古命は厄除け・方位除けの神様として知られます。また武芸、芸能、学問に優れ、才気あふれる源義経公は、学業成就、社運隆昌などのご神徳があります。境内には、悠久の歴史を感じる史跡が多く、四季を感じられる緑豊かな自然もあります。
ぜひ早起きした朝やお休みの日にでも、お気軽に当社にお越しください。皆様のご参拝を心よりお待ちしております。