投稿日:2010年6月26日(土)
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神社新報─ 平成17(2005)年11月21日付 06面 NHKの大河ドラマ「義経」は平家滅亡のあと、頼朝との対決がもはや恢復不可能となり、物語はいよいよ最終局面を迎へつつある。義経の最期は、鎌倉幕府による正史『吾妻鏡』では、奥州・衣川(岩手県胆沢郡)で自害し、三十一年の短い生涯を終へたことになってゐるが、その五百年後にまとめられた徳川幕府の正史『本朝通鑑』には「逃れて蝦夷島に至る」といふ「俗伝」が載ってゐる。世にいふ「義経北行伝説」。「伝説」を確実に裏付ける資料はないが、「伝説」以上に真実みを伝へるゆかりの神社は数多い。舞台はむろん北東北である。 北海道から鹿児島まで 義経公が祭神の神社八社
岩手県から北海道へ 道づたひに連なる「伝説」
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