源義経公をおまつりする、武芸・芸能・学問のごりやくある白旗神社公式サイト!

鶴岡八幡宮の大銀杏倒れる!!

2010 年 3 月 11 日

カテゴリー: その他 — 白旗神社 @ 10:48 AM

 ここで、改めて書かずとも皆さん朝刊をご覧になったかと思いますが、鎌倉 鶴岡八幡宮の大銀杏が昨日午前4時過ぎに倒木したとのニュースが全国を駆け巡りました。

 約1千年も鎌倉を見続けてきた銀杏。近年は、専門家のお知恵を拝借して樹勢も回復しつつあったようではありますが、倒れた木の中はかなりの範囲が空洞であったようです。

 生きとし生けるものには残念ながら限りがあります。人間であれば子孫がその意を汲んでくれますが、樹木はどうでしょうか…。大銀杏の今後の行方が気になるところです。

  産経新聞は1面でした

神奈川新聞は当然1面です

朝日は詳しく書かれています

藤沢市 市有地無償提供神社などに17件…

2010 年 3 月 10 日

カテゴリー: 時局問題など — 白旗神社 @ 9:04 AM

 切り抜き

 平成22年3月6日付 読売新聞湘南版に、藤沢市の市有地無償提供の記事が掲載されたとお教えいただきコピーを頂戴致しました。(インターネットでは発見できませんでした…) 烏森皇大神宮の鳥居??? 鳥居は完全に参道にあると思いますが…古い神社ですから、後から道路が通ったのでしょうか…?仮に道路だとしても、車の通行はできなかったような…。 

 これは市に問い合わせて、当社に関連した事例がないのか確認しなければと思いましたが議会中のようでしたのでもう少し待ってみようと…。 と、思っていたら発見しました。議会がインターネットで生中継されているのをご存じですか?⇒⇒⇒http://www02.gijiroku.com/fujisawa/g08_broadcasting_View.asp?KaigiID=13&NitteiID=99&CYear=2010&CMonth=3&CDay=9 意外と面白い?勉強になりました。質問をされる方が、上着を着ていないのはいいのかなぁ…と感じましたが。

私が事務所開きに伺った市川市議の質問

 

台湾と靖國神社

2010 年 3 月 9 日

カテゴリー: 時局問題など — 白旗神社 @ 9:38 AM

 昨日、とても感激することがありました。というのも、若者がビニール袋をぶらさげてブラブラ…。何をしているのかと思いきや、境内のゴミ拾いでした!! 『仕事に行く前に神社の横を通るんですが、今日は汚れていたから…』と!! 『いやいや…本当にたまぁ~にですよ。たまぁ~に…今年はまだ3回目ですから…』 日本の若者も捨てたもんじゃない!! ありがとうございます!! (かの若者は、藤沢本町駅前の喫茶店 凛 の店主さんでした)

 靖國3月号

 さて、過日は寒川神社さんの社報のご紹介を致しましたが、今日は毎月1日に発行される靖國神社社報【靖國】。靖國神社崇敬会員に送付されており私の手元にも3月号が届きました。その中の柚原正敬氏著【台湾と靖國神社】では、我々の世代では全く知らないことが書かれております。全文はご紹介できませんので冒頭部分をご紹介致します。尚、靖國神社の崇敬会は年会費3.000円から(私も…)入会できます。入会の申し込み⇒⇒⇒http://www.yasukuni.jp/~sukei/page007.php

 

 台湾と靖國神社の縁(えにし)は深い。その最大の所以は、台湾は明治28(1895)年から昭和20(1945)年までの50年間、日本統治時代を経たことで、大東亜戦争では約21万人が軍人・軍属として出征、そのうち戦歿された27.864柱が御祭神として祀られているからだ。

 また、靖國神社の正門に当たり、両扉に直径1.5メートルにも及ぶ菊の御紋章が映える神門は昭和9年に竣工されている。ここで用いられている資材はすべて台湾の阿里山檜だ。今でも、近づけば檜の香りが漂ってくる。

 さらに、靖國神社では毎日必ず日章旗を掲揚しているが、大鳥居(第一鳥居)をくぐった左側に、高さ30メートルに及ぶ、まさに天を突くと言ってよい国旗掲揚塔があり、これは昭和51(1976)年に台湾軍第48師団復員者により寄贈されたものだ。~…。

 以下は書ききれずにすいません。この後には、台湾の李登輝 前総統が平成19(2007)年に来日、靖國神社に祀られている実兄を参拝された時のエピソードや(李登輝前総統は長い間お世話になりましたとお辞儀をされたなど…)、昨年8月、NHK 「JAPANデビュー」問題(http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090625/biz0906251726014-n1.htm)で来日した台湾原住民パイワン族の方のお話(大切にお祀りされていることを知り感激したなど…)などが紹介されています。

 また、靖國神社では毎年12月に「台湾出身戦歿者慰霊祭」が行われており、本年が6回目になるそうです。氏は『~私どもの今日が戦歿者の尊い犠牲の上にあることを忘れないようにし、両国の深い結びつきは台湾出身御英霊からの賜物であることに思いを致し感謝と報恩の誠を捧げる場としている。~』と。

 今後将来、日本が戦争をするようなことがあってはならないと思います。北朝鮮・中国・ロシア・韓国と隣国の脅威に晒されている日本。ご先祖様や護国の英霊を手厚く祀り、世界の平和を願わずにはいられません。もうすぐ桜の季節です。そうだ、靖國神社へ行こう。

 

新車のお祓い【交通安全祈願】

2010 年 3 月 8 日

カテゴリー: お祓い — 白旗神社 @ 9:49 AM

 3月から4月にかけては車の交通安全のご祈願が増える時期です。というのも、新社会人・新大学生などが免許を取得したり新しい車を購入される方が多いからではないかと思います。年度末というのも関係しているのかもしれませんが…。

 白旗神社では、お車をお持ちの方にはお車を祈祷殿前に駐車していただき、まずは神様への感謝と安全の祈願を行います。その後、お車に移動して前・右・運転席・後ろ・左側を隈なくお祓い致しております。

 当社のご祭神 寒川比古命は、古来より関東開拓の神として八方除けのご神徳があり生活環境の変化に伴う災いが無いようにと八方除けと交通安全を一緒に祈願される方が多いように思います。

 自分に降りかかる災いはもとより、自分が起こしてしまう災いが無い様にご注意いただきますと共に、新たな出発をされる皆様の益々のご活躍・ご健勝をご祈念申し上げます。

交通安全

寒川神社社報【相模】第438号より

2010 年 3 月 7 日

カテゴリー: その他 — 白旗神社 @ 8:59 AM

 相模國 一之宮 寒川神社さんが毎月1日に発行される社報【相模】より…今一度自分を見つめ直す機会を与えていただきましたのでご紹介させていただきます。

 昔、武道家に「大山倍達」という先生がいた。生涯を通じて空手道の真髄を極めるとともに、何冊もの本を出版し我々に大切な言葉を残して戴いた。その中でも人生の理念とされた教えがある。

 【頭は低く目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益す】

 「頭は低く目は高く」=決して威張るな。常に謙虚であれ。その代わり目標は高い所に置き、物事を常に公平に見なさい。

 「口を慎んで心広く」=他人の悪口や愚痴を言うな。悪いことは全部自分のせいに、善いことは人の手柄にしなさい。そういう寛大な心を持て。

 「孝を原点として他を益す」=親孝行が一番だよ。親に感謝しなさい。そして、稽古で培った精神と体力を以って社会や人の役に立ちなさい。【押忍】と語られていた。

 我々は長い人生を歩む上で、逆境におかれたり悩み苦しんで立ち止まる時がある。そんな時に先人や師の教えによって魂が奮い起され、勇気を以って新たなる一歩を踏み出すことが出来る。

 今大切なことは何か、物事の本質をよく見極め、心を正して進んで行けば、明るい未来暖かい春は必ずやって来る。

 

~訃報~ 元藤沢市教育長 当社氏子で秋のバス旅行に2年続けてご参加下さいました松井芳子様(79歳)には、平成22年3月5日ご逝去されました旨新聞紙上に掲載されておりました。謹んでお悔やみ申し上げ、ご報告致します。

第2回 【神社と祭り写真コンテスト】のご案内

2010 年 3 月 6 日

カテゴリー: 関係団体 — 白旗神社 @ 10:07 AM

 神奈川県神道青年会(神奈川県内の神社で奉仕する40歳以下の神職の会です)では、第2回 神社と祭り写真コンテストを開催するにあたり作品の募集をしております。

 募集作品は、神奈川県内に鎮座する神社の風景や神社のお祭り・神事に関わる写真です。 当ブログをご覧下さっている皆様方には、是非当白旗神社の風景やお祭りの写真で入賞されますようにご祈念申し上げ、皆様のご応募をお待ち致しております。

 

テーマ 神奈川県内の神社にゆかりのある『まつり・神事』、神社に関係のある「風景」「行事」等の写真

応募サイズ カラープリント(四ツ切サイズ又は、ワイド四ツ切)

◇応募期間 平成224月末まで

応募先 〒235-0019 神奈川県横浜市磯子区磯子台20-1

神奈川県神社庁「写真コンテスト」係

      お問合わせ・神奈川県神道青年会・吉田(住吉神社内)

電話0444114344[月~金曜日・10時~16時]

◇発表展示 応募作品は、平成2277日(水)・8日(木)、横浜新都市プラザ(横浜そごう玄関向)に展示

◇入賞発表 入賞者に直接通知

審査 神奈川県神社庁長・審査委員他

応募上の注意 1.入賞作品の版権は主催者に帰属します。

        2.応募作品は未発表のもの、直接撮影したものに限ります。

        3.応募作品の裏面には応募用紙(自作可)を貼り、題材、住所、氏名、電話、撮影データを記入して下さい。

主催 神奈川県神道青年会

後援 神社本庁、神社新報社、神奈川県神社総代会連合会、神奈川新聞社、tvk、神奈川県神社庁

協賛 富士写真フイルム株式会社

☆賞

最優秀賞

神社本庁統理賞

1点

賞状・盾・副賞・図書カード

 

 

 

 

 

 

優秀賞

神奈川県神社庁長賞

1点

賞状・盾・副賞・図書カード

 

 

特選

神社新報社賞

神社総代会連合会長賞

神道青年会長賞

神奈川新聞社賞

テレビ神奈川賞

 

 

5点

 

 

賞状・富士フイルム記念品

 

入選

富士フイルム賞

10

富士フイルム記念品

 

 ☆応募写真の裏に、以下のような情報を貼り付けて下さい。自作可ですので、手書きでも何でも構いません

2回『神奈川の神社とまつり』写真コンテスト応募票

画題

 

撮影神社名

 

氏名

 

現住所

 

TEL

(   )

データー

 

撮影年月日

 

山口さん一家?

甦れ美しい日本より

2010 年 3 月 5 日

カテゴリー: その他 — 白旗神社 @ 9:35 AM

 メールマガジン【甦れ美しい国日本】より転載させていただきます。皆様はいかがお感じになりましたでしょうか?

 

関西零細企業経営のオッサン 悔し涙を流すの記 逝きし代の語り部  
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                       2010.02.25
大戦末期の昭和204月、戦艦大和の乗組員3000名の1人として沖縄に向け出撃し、東シナ海の重油の海から九死に一生を得て生還した270名の内八杉康夫氏は82歳の今もご健在で、後輩達を覚醒させる為に全国各地で体験談の講演を続けておられる。
と言う事だそうだが、実は僕は寡聞にして氏のお名前を存じ上げなかった。先日、「平和と安全は如何に守るべき」 と言う講演会に誘われ、無料であることもさりながら、大和の生存者が語る平和という演題に強く惹かれて出掛けたのである。そして初めて氏を知った。
元兵士が語る平和などと聞くと多少の警戒をする癖がある。東某氏のように自分が個人的に南京でやった悪行であるのに、日本軍が組織的にやっていたと中共に自首告白し、厄介な南京大虐殺のでっち上げに加担した例もあるし、僕が子供の頃両親に梅田のデパートなんかに連れて行って貰った時の駅前の雑踏に軍帽と上下白の傷病服を身に纏いアコーディオンで軍歌を弾き、大抵二人一組でカンパを募る傷痍軍人があちこちに立っていた。或は脚や手の無い姿で道路にいざっていた。そんな時に親父が言っていたのは、気いつけや、あの中で殆どは偽モンやで。
そんな訳で簡単に元軍人や旧軍人を信じたり、感情移入してはいけないと言う癖が付いたのだと思う。そう言う親父も合計七年ほど中国各地を転戦させられた元兵士であった。戦後、誰もが誰をも信じられなかった時代である。今思えば義眼、義手、義足のしかも若い一般人があんなに大勢居た筈がない。矢張り殆どは傷病帰還兵だったのであろう。幼いながら疑いと好奇の眼で見たりして済まなかった。あの人達は戦地に居たこと自体が白眼視されるような、戦後の急転した社会をどう生き延びられたのかと思う。処で八杉氏の講演である。
氏はスマートな制服でポマードの匂いの尾を引きながら福山の街を闊歩する海軍兵に憬れて15歳で海兵団に入団。短期間の昼夜を分かたぬ厳しい集中訓練と教育を受けて終戦の年に砲兵として念願の大和乗組員となる。そして数日後米編隊の集中爆撃に逢い冷たい東シナ海に放り出される事になる。氏の記憶する限り上官達は素晴らしい人達であったらしい。いざ死地に向かう間際まで笑顔を絶やさず、少年兵たちに優しい言葉を掛け続けた副艦長。従卒として仕えた将校は軍紀違反を承知の上で最初で最後の一日だけの上陸日を将校電話でこっそり彼の母親に連絡しており、八杉一等海兵が上陸すると港に母親の信じられない出迎えがあった事などが次々と語られた。何より氏の記憶に鮮明なのは、漂流する重油の海で「良いか、生きるんだぞ、強く生きるんだぞ」と自分の捕まっていた丸太を此方に押しやってくれ、何時間も漂流する少年兵を励まし続け、漸く駆逐艦に救助されるその5メーター手前まで皆を送り届け、そしてくるりと背を向け大和の沈んだ方向に泳ぎ去ったカイゼル髯の砲術長である。自分が今日まで生きているのは自分の力ではない、かの砲術長に生かされていると彼は言う。講演を通じて八杉氏が我々後輩達に言いたいのは、折角こうやって先輩達が命を掛けて守ろうとした日本と日本人の誇りを宜しく頼む、と言うことに尽きる。
平和とは何だと問うた殆どの日本人が、平和とは戦争の無いこと、と答える。当り前だ。では、今の日本は平和であるか。決して平和とは思えない。一日だけの上陸日後、母親の前で海軍式の最敬礼をし、今まで育てて頂き本当に有難う御座いました。もう二度とお眼に掛れませんが、どうかお身体を大切に、そして僕の分まで長生きをして下さい。
数学や物理や英語の知識は当時の少年達の何倍も先を行きながら、今時の日本の17歳の若者に、親に向かってこんな事の言える者が一人としているだろうか。 そしてそう言う息子に向かって涙をこらえ90度の最敬礼をして送りだせる親が居るだろうか。お世話になった人を敬い、感謝する気持ちを失った人々に国を愛する事が出来る筈が無い。したがって遠からず其の国は消滅する。八杉氏はこう言って我々に後事を託すのである。
平和とは共存である。お互いを助け敬う社会が平和である。そしてどんな事が有っても死ぬなよ、絶対に死ぬなよ。これが海軍で自分達が受けた教育であったと。氏の話された内容に近い話は、既に他の人達の体験談や本でも既に聞いていたことであり、僕にとって必ずしも目新しい内容ではない。然し体験した本人の話であれば思わず背筋を伸ばして聞かねばと言う姿勢にさせられる。
願わくは氏のお元気なうちに氏の話を僕よりもっと若い世代、今の中学生や高校生にも聞かせてやれる社会であって欲しい。自身の体験を語れる人達も年々少なくなって行く。平和平和の念仏を唱えるよりも、歴史とも言えない直ぐ前の世代で、平和を得ると信じて如何に先人が犠牲になり、戦い、血を流したか、その事実を知ることが社会を進化させ、先輩達の何よりの供養にもなるはずだと思った一夜であった。

鯉のぼり着々と集まってます!!

2010 年 3 月 4 日

カテゴリー: こどもの日(鯉のぼり) — 白旗神社 @ 9:32 AM

 過日、鯉のぼり募集中のお知らせをタウンニュースに掲載していただきましてから早々に鯉のぼりが集まってまいりました!!

 本日は、藤沢市打戻の崇敬者の方より各5・4・3メートルの鯉のぼりを奉納していただきました。尚、牛若会の前会長である森さん(神社近くのお布団屋さん 森幸商店)に受け取りに行っていただきました。森さんは、昨年の写真をミニアルバムに入れ奉納の方にご覧いただき『こんな感じで…』とご説明までして下さったそうです。森さんありがとうございました。次の方にも同様にお願い致します…。

 『あまり大きくないけどいいかしら?』と奥様はおっしゃっていましたが、今の時代5メートルの鯉のぼりを買おうとするとウン万円ですし、何よりとても綺麗に保管してあり、ご家族の鯉のぼりに対する思いが伝わってまいりました。

 きっと何年も泳いでいなかったであろう鯉のぼりではないかと拝察いたしますが、今年から神社の境内にて第二の人生を(鯉生?)皆のために一生懸命泳いでくれることと思います。ご奉納ありがとうございました。

森さんと広げてみました

綺麗な箱。皇太子殿下と一緒?

ひな祭り ~桃の節供~

2010 年 3 月 3 日

カテゴリー: その他 — 白旗神社 @ 10:12 AM

 本日3月3日はひな祭り、桃の節句(節供)です。 元々は、3月上巳(じょうし)の日が節日でしたが中国の陰陽道の影響により奇数が重なる日がめでたいとされ3月3日に固定されました。この日には【人形】(ひとがた)と呼ばれる紙の人形に自分に付いた罪・穢れを移し、川や海に流す祓いのお祭りが行われていました。江戸時代になり、昔の貴族の女の子が人形遊びに使った【雛】(ひいな)や厄祓いの人形が精巧に作られるようになり雛祭りが行われるようになったといわれています。 尚、この日は家に居てはいけないといわれている地域もあり、子供たちは海や川・山に出かけて遊んだといいます。これも祓いの一つであったのでしょうか。

 さて、今では【節句】と書きますが、昔は神様に特別なお食事をお供えをする日でしたので【節供】と書きました。雛祭りのお祝いは3日当日か前の晩に行い、生後間もない1~2カ月であれば翌年に行うこともあるようです。 雛祭りでの一般的な食事は、散らし寿司・ハマグリの吸い物・桜餅(ヨモギ餅)・雛あられ・白酒・菱餅など。

 女の子がいらっしゃるご家庭では雛飾りを出されてる方もいらっしゃることでしょう。関東では、男雛が向かって左、女雛が向かって右ですが、関西(京都だけかもしれませんが…)では反対に飾ります。関西では御所を中心に左右が考えられているためで、関東は昭和天皇即位の際に天皇陛下が左・皇后陛下が右に並ばれていたからといわれています。 また、昔は雛人形が嫁入り道具の一つであったことから、母方の実家から贈るのが習わしのようです。尚、『お雛様を早くしまわないと婚期が遅れる』といわれているのは迷信のようですのでご安心下さい。

 いずれに致しましても、3月の節句は農耕の開始時期に禊ぎ・祓いをして清め、神様を迎え供え物をして飲食を共にして五穀豊穣を願うお祭りであったと思います。

 

 

賽銭泥棒からの手紙

2010 年 3 月 2 日

カテゴリー: その他 — 白旗神社 @ 9:22 AM

 賽銭泥棒からの手紙…ちょっと【賽銭泥棒】に過剰に反応してしまい申し訳ございませんが、ニュースより以下に転載させていただきます。

 「約10年前にさい銭箱から1万円盗んで申し訳ありません」-。宇都宮市下岡本町の山神社のさい銭箱から、過去の盗みを謝罪する手紙と3万円入り封筒が見つかった。手紙の主は小学生だった時の過ちを「罪の意識もなくやってしまった」「後悔と罪悪感で一杯」とつづっている。2月中旬に封筒を見つけた地元自治会役員は「過去の過ちを真っ正面から受け止める姿勢は今どき珍しい」と話し、全額社会福祉協議会に寄付するという。

 同月22日夜、防犯パトロールに当たっていた地元自治会の須永正さん(76)と岡本和彦さん(78)が巡回先の神社さい銭箱で見つけた。

 「山神社御中」で書き始められた便せんには、「社会人になってからお金を稼ぐ大変さを実感した時に、おさい銭を盗んだことを思い出しました」と経緯を説明。「神様のお金を盗むことは言語道断であります」とつづられている。

 さらに「1万円を入れた方はどんな願いをこめて入れたのだろうと思うのです」と参拝者の気持ちを推し量った上で、「盗んだ1万円を含む、10年間の歳月が流れてしまったことをふまえて、合計3万円を納めさせていただきます」と書かれている。

 山神社は自治会が管理している。神社責任役員の須永さんは「今の若い人はいろいろ言われるけど、真っすぐな心を忘れないでよかった」。岡本さんも「誤字脱字がない文章。読んで涙が出た」と話した。

  という内容です。本人は20歳ぐらいの方でしょうか…子供の頃に興味本位で犯してしまった過ちを忘れられずに反省するその心の奥底には【神様が見ている】という思いがあったのではないかと拝察致します。

 ニュースでは、地震後の治安の悪さをいいことに略奪強盗などの悪事が報道されています。阪神大震災の折の日本はいかがだったでしょうか。やはり、日本人の心の片隅に神様が生きているということを改めて感じていますが、皆さんはいかがお思いになられたでしょうか?

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